釣りという趣味は、魚を釣るその瞬間だけでなく、道具へのこだわりにおいても深い楽しみが存在します。近年、カーボンやグラスファイバーといった新素材の釣竿が主流となる中で、日本古来の伝統素材である「竹」を用いた釣竿、いわゆる和竿の魅力が再評価されています。自然素材ならではの独特の反発力、魚をかけたときのしなやかな曲がり、そして何よりも使い込むほどに手に馴染み、味わいが増していく美しさは、工業製品にはない唯一無二の価値を持っています。自分で竹を切り出し、加工し、一本の竿に仕立て上げる工程は、単なる工作の枠を超えた、自然との対話とも言える豊かな時間です。しかし、竹という自然物を相手にする以上、その製作過程には多くの知識と技術、そして根気が必要とされます。「竹釣竿の作り方」は一朝一夕に習得できるものではありませんが、その奥深い世界を知ることは、釣り人としての視座を大きく広げることにつながるでしょう。本記事では、竹の選定から切り出し、乾燥、加工、そして塗装に至るまで、本格的な竹釣竿の制作工程を徹底的に調査し、詳細に解説していきます。これから和竿作りに挑戦してみたいと考えている方や、職人の技術に関心がある方にとって、有益な情報源となることを目指します。
初心者でも分かる竹釣竿の作り方の基本と材料選びのポイント
竹釣竿の製作において、最も重要であり、かつ最初に行うべき工程が「材料選び」と「下処理」です。完成した竿の性能、耐久性、そして美しさは、すべてこの段階で決まると言っても過言ではありません。自然界に生えている竹は、一本一本すべて太さも節の間隔も性質も異なります。その中から自分の作りたい竿に適した素材を見極め、適切な時期に採取し、長い時間をかけて加工できる状態へと整えていく必要があります。ここでは、竹釣竿作りの土台となる基礎知識と、準備段階における重要なポイントについて詳しく解説します。
和竿作りに適した竹の種類とそれぞれの特性
日本には数多くの竹や笹の種類が存在しますが、釣竿の材料として主に使用されるのはごく一部の種類に限られます。それぞれの竹が持つ繊維の強さ、弾力性、節の美しさなどの特性を理解し、目的の釣りに合わせた竹を選ぶことが製作の第一歩です。
まず、最も一般的によく使われるのが「真竹(マダケ)」です。真竹は繊維が緻密で肉厚があり、弾力性に富んでいるため、竿の主要部分である胴や手元材として広く利用されます。特に、負荷のかかる部分に使用することで、粘り強い竿に仕上がります。また、表皮が美しく、加工もしやすいため、初心者から熟練者まで幅広く扱われる素材です。
次に、「淡竹(ハチク)」も重要な素材です。真竹に比べて肉質が薄く、軽いため、軽量な竿を作りたい場合や、竿の中間部分などに使用されます。寒さに強く、繊維が柔軟であることから、折れにくい竿を作るのに適しています。
「布袋竹(ホテイチク)」は、その名の通り、七福神の布袋様の腹のように、節間が狭く膨らんでいるのが特徴です。この独特の形状は、竿の握り手(手元)部分として非常に人気があります。手にしっくりと馴染む凹凸は、滑り止めとしての機能だけでなく、和竿特有の造形美を演出します。特に、根掘りと呼ばれる地下茎がついた状態で採取されたものは、高級な手元材として珍重されます。
「矢竹(ヤダケ)」は、節が低く、真っ直ぐに伸びる性質があり、かつては矢の材料として使われていました。その素直な形状と適度な硬さは、小物釣り用の竿や、竿の穂持ち(穂先の下の部分)に適しています。節の処理がしやすく、美しい円筒形を保ちやすいため、仕上がりが非常に綺麗になります。
最後に、穂先部分に使われる「削り穂」の材料として、真竹や布袋竹の肉厚な部分が使われますが、グラスファイバーなどのソリッド素材を組み合わせる場合もあります。しかし、総竹製の竿にこだわるのであれば、厳選された竹材から穂先を削り出す技術も必要となります。これらの竹の特性を組み合わせ、どの部分にどの竹を使うかを構想することこそが、竹釣竿作りの設計図となるのです。
竹の採取時期と適切な乾燥方法のメカニズム
竹は一年中いつでも採って良いわけではありません。竹釣竿の材料として使用するためには、竹の水分量が減り、成長が止まっている休眠期に伐採する必要があります。この時期を誤ると、虫がつきやすくなったり、乾燥中にカビが発生したり、強度が著しく低下したりする原因となります。
一般的に、竹の伐採に最適な時期は、晩秋から冬にかけての11月から2月頃とされています。「竹の秋」と呼ばれるこの時期は、竹が地中の水分や養分を吸い上げなくなり、材としての質が最も安定しています。昔からの言い伝えでは「八十八夜(5月初旬)を過ぎたら竹を切るな」とも言われており、春から夏にかけての竹は水分や糖分が多く、腐敗や虫害のリスクが極めて高いため、材料には適しません。
伐採した竹は、すぐに加工できるわけではありません。まずは枝を払い、大まかな長さに切り揃えた後、徹底的な乾燥期間が必要です。この乾燥工程は、竿の寿命を左右する極めて重要なプロセスです。自然乾燥の場合、風通しの良い日陰で、雨に濡れないように保管します。竹を立てかけるのではなく、平らな場所に寝かせたり、吊るしたりして、変形を防ぎながら水分を抜いていきます。
乾燥期間は、最低でも3ヶ月から半年、本格的な和竿作りでは3年以上寝かせた「古竹」を使用することもあります。時間をかけてゆっくりと水分を抜くことで、竹の繊維が引き締まり、硬度と弾力性が増します。急激な乾燥は割れの原因となるため、直射日光や暖房器具の風が当たる場所は厳禁です。じっくりと時間をかけ、竹が持つ本来の性能を引き出すこと、それが乾燥という工程の本質です。この長い待ち時間こそが、竹という素材への敬意を表す時間でもあり、製作への期待を高める期間ともなるのです。
必要な道具一覧と作業環境の整え方
竹釣竿作りには、専用の道具から一般的な工具まで、多種多様なアイテムが必要となります。作業をスムーズに進め、精度の高い竿を作るためには、事前に適切な道具を揃え、作業環境を整えておくことが不可欠です。
まず、竹を加工するための刃物類です。「切り出し小刀」は、竹を削る、節を落とす、面取りをするなど、あらゆる場面で使用する基本の道具です。切れ味が仕上がりに直結するため、常に研いでおく必要があります。「竹用ノコギリ」は、繊維を傷つけずに竹を切断するために、目の細かいものが推奨されます。「キリ(錐)」や「ヤスリ」は、穴あけや細部の調整に使用します。特に、竹の内側をさらうための「中通し錐(かき出し棒)」は、継ぎ竿を作る際に必須となる特殊な道具で、ピアノ線や鉄棒の先端を加工して自作することも多いです。
次に、竹の曲がりを直すための熱源と道具です。「カセットコンロ」や「七輪」などの熱源に加え、「矯め木(ためぎ)」と呼ばれる道具が必要です。矯め木は、硬い木材に溝を掘ったもので、熱して柔らかくなった竹をこの溝に当ててテコの原理で曲がりを矯正します。竹の太さに合わせて、溝のサイズが異なる矯め木を数種類用意するのが理想的です。
接着や塗装に関する道具も重要です。「木工用ボンド」や「エポキシ接着剤」はパーツの固定に、「漆(または代用漆)」は竿の保護と装飾に使用します。漆を塗るための「刷毛」や、塗った後に乾燥させるための「室(むろ)」と呼ばれる適度な湿度と温度を保つ箱も、本格的な仕上げには欠かせません。室は、段ボール箱と濡れタオルなどで簡易的に作ることも可能です。また、糸を巻くための「絹糸」や「テトロン糸」も、色や太さを吟味して用意します。
作業環境としては、竹の粉塵が出るため、換気が良く、掃除がしやすい場所が望ましいです。また、長い竹を扱うため、十分なスペースを確保することも大切です。火を使う工程があるため、消火器や水バケツなどの防火対策も忘れずに行いましょう。机の上だけでなく、バイス(万力)など竹を固定できる設備があると、作業効率と安全性が格段に向上します。
竹の油抜きと矯め作業による直線の出し方
採取し、乾燥させた竹を竿の材料として完成させるためには、「油抜き」と「矯め(ため)」という工程を経る必要があります。これらは竹加工のハイライトとも言える作業で、職人の腕の見せ所でもあります。
「油抜き」は、竹に含まれる余分な油分や水分を熱によって表面に浮き出させ、除去する作業です。同時に、熱を加えることで竹の材質を硬化させ、腐敗や虫害を防ぐ効果もあります。一般的には、炭火やガスコンロの火にかざして炙る「乾式法」と、苛性ソーダなどを入れた熱湯で煮る「湿式法」がありますが、和竿作りでは美しい光沢が出る乾式法(火晒し)が好まれます。竹を回しながら均一に熱を加えると、表面に汗のように油が浮き出てきます。これを乾いた布で素早く拭き取ることで、竹の表面が磨かれ、艶やかな飴色へと変化していきます。焦がさないように細心の注意を払いながら、竹全体をムラなく処理することが求められます。
油抜きが終わった直後、竹がまだ熱を持って柔らかいうちに「矯め」の作業を行います。自然の竹は必ず曲がりやねじれを持っていますが、釣竿として機能させるためには、これを真っ直ぐに矯正しなければなりません。ここで登場するのが「矯め木」です。熱した竹の曲がっている部分(特に節の周辺)を矯め木の溝に当て、グッと力を加えて逆に反らせることで、繊維の癖を修正します。
この作業は非常に繊細で、力を入れすぎれば竹が割れ、熱し方が足りなければ元に戻ってしまいます。竹の繊維がミシミシと音を立てる限界を見極めながら、全体を通して一本の直線になるように調整していきます。一度で完璧に真っ直ぐになることは稀で、加熱と矯正を何度も繰り返し、時間をかけて理想の形に近づけていきます。この工程を経ることで、竹は単なる植物から、負荷に耐えうる強靭な「構造材」へと生まれ変わるのです。真っ直ぐに伸びた竹を見る瞬間の達成感は、竿作りにおける大きな喜びの一つです。
実践的な竹釣竿の作り方から仕上げの塗装工程まで
素材としての竹の準備が整ったら、いよいよ具体的な竿の形へと組み上げていく工程に入ります。ここからは、複数の竹をつないで一本の竿にする「継ぎ」の加工、ガイドやリールシートの取り付け、そして竿の耐久性と美観を高める「塗り」の作業など、より専門的で精密な技術が要求されます。ミリ単位の誤差が竿の調子(アクション)や強度に影響するため、慎重かつ丁寧な作業が求められます。
継ぎ手の加工技術と印籠芯の精密な調整
持ち運びの利便性を考慮し、また異なる性質の竹を組み合わせるために、和竿の多くは複数のパーツに分割できる「継ぎ竿」として作られます。代表的な継ぎ方には、並継ぎ、印籠継ぎ(いんろうつぎ)、逆並継ぎなどがありますが、和竿において最も格式高く、機能的にも優れているとされるのが「印籠継ぎ」です。
印籠継ぎは、竿の中に「芯(コミ)」と呼ばれる別の補強材を入れ、上下の竹を接続する方法です。この加工の最大の難関は、上の竹(メス側)の内径と、下の竹(オス側)に取り付けた芯の外径を、髪の毛一本の隙間もなくぴったりと合わせる「コミ合わせ」にあります。緩すぎればキャスト時に竿が抜けたりガタつきが生じたりし、きつすぎれば湿気などで膨張した際に抜けなくなったり、竹が割れたりする原因になります。
まず、竹の内側を専用のドリルや棒ヤスリで削り、真円に近い穴を開けます。自然の竹は断面が完全な円ではないため、肉厚を確認しながら慎重に広げていきます。次に、芯材となる強靭な竹やカーボンパイプを削り出し、メス側の穴に合わせていきます。この際、一度に削りすぎず、何度も抜き差しを確認しながら、微調整を繰り返します。「スッ」と抵抗なく入り、最後に「グッ」と止まる感触が得られるのが理想的な状態です。
さらに、継ぎ口部分はキャスト時や魚とのファイト時に強烈な負荷がかかるため、補強が不可欠です。継ぎ口の外側を糸で密に巻き上げる「口巻き」を行い、割れを防止します。この糸巻きも、ただ巻くだけでなく、均一なテンションをかけ、隙間なく美しく仕上げることが求められます。継ぎの精度は竿の「曲がり」の連続性にも影響するため、継いだ状態で竿全体を曲げ、継ぎ目部分だけが硬くなっていないか、自然なカーブを描いているかを確認しながら調整を進めます。
絹糸による巻き工程とガイドの正確な取り付け
竿としての機能を果たすために必要なガイド(道糸を通すリング)の取り付けと、装飾を兼ねた糸巻きの工程です。和竿の場合、ガイドは市販の金属製ガイドを使用することもあれば、針金で自作することもあります。どちらの場合も、竿のスパイン(背骨となる硬い部分)を見極め、その反対側またはラインを通す位置に正確に一直線に配置することが重要です。
ガイドの足部分を竹に沿わせ、極細の絹糸(シルクスレッド)を使って固定していきます。絹糸は非常に強度が高く、漆との相性も抜群で、漆を吸い込むと半透明になり美しい仕上がりを見せます。糸を巻く際は、ガイドの足に乗り上げる段差を滑らかにし、糸同士が重ならないように隙間なく並べていきます。巻き始めと巻き終わりの糸処理も、結び目が表に出ないように「抜き輪」などの技法を使って内部に引き込みます。
ガイドの固定だけでなく、節の部分やデザインとしての「飾り巻き」も行います。異なる色の糸を組み合わせたり、金箔や貝殻を埋め込んだりする「変わり塗り」の下地を作ることもあります。この糸巻き工程は、竿の表情を決定づけるデザイン的な要素が強いため、製作者のセンスが問われる部分でもあります。集中力を持続させ、一巻き一巻き魂を込めて作業することで、工芸品としての品格が生まれます。
漆塗りの技法と耐久性を高める拭き漆の工程
竹釣竿作りの最終段階にして、最も時間がかかるのが「漆塗り」です。漆は、天然の樹脂塗料であり、乾燥(硬化)すると非常に強固な皮膜を形成します。これにより、竹を水や湿気、紫外線から守り、竿の耐久性を飛躍的に向上させることができます。また、漆特有の深みのある艶は、和竿の美しさを象徴するものです。
漆塗りには、「本漆」を使用する場合と、扱いやすい合成漆(カシューなど)を使用する場合がありますが、本格的な和竿作りでは本漆が好まれます。本漆は、空気中の水分を取り込んで化学反応で硬化するため、温度20〜25度、湿度70〜80%程度の環境(漆風呂・室)が必要です。
基本的な塗り方は「拭き漆(ふきうるし)」と呼ばれる技法が一般的です。これは、生漆(きうるし)を竹全体に薄く塗り、すぐに専用の紙や布で拭き取る作業です。これを室で乾燥させ、表面を細かいサンドペーパーで研磨し、再び塗って拭き取る。この工程を数回から数十回繰り返します。回数を重ねるごとに、漆が竹の繊維の奥深くまで浸透し、表面には透明感のある飴色の層が形成されていきます。竹の肌合いを生かしつつ、強度と美しさを兼ね備えた仕上がりとなります。
糸を巻いた部分や継ぎ口には、色のついた漆や透き漆を厚めに塗ることもあります。筆を使って均一に塗り、垂れないように回転させながら乾燥させる技術も必要です。漆は一度硬化すると溶剤でも溶けないため、失敗が許されない緊張感のある作業です。しかし、塗り上がった竿が光を受けて輝く様子は、長い製作期間の苦労を忘れさせるほどの美しさです。完全に硬化した後、最後にコンパウンドなどで磨き上げれば、世界に一本だけの自作竹釣竿の完成です。
竹釣竿の作り方を極めるためのまとめ
竹釣竿の作り方と魅力についてのまとめ
今回は竹釣竿の作り方についてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・竹釣竿は自然素材特有の反発力と美しさを持ち、使い込むほどに味わいが増す道具である
・製作に適した竹は真竹、淡竹、布袋竹、矢竹などがあり、使用部位によって使い分ける
・竹の採取は水分が少ない晩秋から冬の「竹の秋」に行い、虫害やカビを防ぐ
・伐採後は最低でも数ヶ月から数年の乾燥期間を設け、竹の繊維を引き締める必要がある
・油抜きは火で炙って油分を浮き出させ、竹の硬化と防腐効果を高める重要な工程である
・矯め木を使った矯め作業で、熱を利用して竹の曲がりやねじれを真っ直ぐに矯正する
・継ぎ竿にする場合、印籠継ぎなどの高度な加工技術でコミ合わせを精密に行う
・継ぎ口は強い負荷がかかるため、糸巻きによる補強と漆による固着が不可欠である
・ガイドの取り付けには絹糸を使用し、スパインを考慮して一直線に配置する
・漆塗りは竹を水や紫外線から保護し、耐久性を飛躍的に高める役割を持つ
・拭き漆技法を繰り返すことで、竹本来の模様を生かした深みのある艶が生まれる
・漆の硬化には適切な温度と湿度が管理された「室」と呼ばれる環境が必要である
・竹釣竿作りは多くの道具と工程を要するが、自然との対話を楽しめる深い趣味である
竹釣竿の製作は、単なる道具作りを超えた、日本の伝統工芸の精神に触れる体験です。一本の竹が、時間と手間をかけることで美しい釣竿へと生まれ変わる過程は、釣りという行為そのものと同じくらい奥深く、心を豊かにしてくれます。ぜひ、自分だけのこだわりの一本を作り上げ、水辺での特別な時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

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