現代の釣りシーンにおいて、カーボンやグラスファイバーといった最先端素材で作られたロッドが主流であることは疑いようのない事実です。軽くて強く、感度に優れ、メンテナンスも容易なこれらの工業製品は、釣果を追い求めるアングラーにとって最強の武器となります。しかし、その一方で、古来より日本の釣り文化を支えてきた「竹釣竿(和竿)」が持つ独特の魅力を再評価する動きが、静かに、そして確実に広がっています。
竹という自然素材が持つ有機的な反発力、手にしたときの温かみ、そして使い込むほどに深みを増す飴色の輝き。これらは化学繊維では決して再現できない、竹竿だけの特権です。そして何より、自らの手で素材を選び、火を入れ、糸を巻き、漆を塗って仕上げた「世界に一本だけの竿」で魚との対話を楽しむことは、釣り人にとって究極の贅沢と言えるでしょう。
竹釣竿作りは、単なる工作の域を超えた、一種の伝統工芸への挑戦です。植物である竹を、精密な道具へと昇華させる過程には、先人たちが築き上げてきた膨大な知恵と技術が詰まっています。一見すると敷居が高く感じるかもしれませんが、その論理的な工程と素材の特性を深く理解すれば、誰でもその奥深い世界に足を踏み入れることが可能です。
本記事では、竹釣竿の制作における基礎知識から、プロの竿師も用いる高度な加工テクニック、そして美しく仕上げるための塗装技術までを網羅的に調査・解説します。タナゴやハゼといった小物釣り用の竿から、クロダイやカワハギを狙う本格的な竿まで、竹釣竿の作り方のエッセンスを余すところなくお伝えします。手間と時間を惜しまず、ものづくりの喜びと釣りの醍醐味を同時に味わいたいと願うすべての方へ、和竿制作のバイブルとなる情報をお届けします。
竹釣竿の作り方を始める前に知るべき基礎知識と素材選び
竹釣竿の制作は、実際に手を動かす前の「知る」段階と「選ぶ」段階で、その完成度の8割が決まると言っても過言ではありません。自然界に自生する竹は、一本一本すべて太さも節の間隔も性質も異なります。その個性を読み解き、適切な素材を適切な時期に確保し、長い時間をかけて準備を整えることこそが、優れた竿作りの第一歩となります。ここでは、和竿の歴史的背景を踏まえつつ、素材としての竹の特性や選び方、そして制作に必要な環境づくりについて詳しく解説していきます。
和竿の歴史と竹という素材の特性
日本における竹釣竿の歴史は古く、江戸時代にはすでに「江戸和竿」として高度な工芸品としての地位を確立していました。当時の武士たちの嗜みとして発展した和竿作りは、機能美と装飾美を兼ね備えた芸術の域に達しています。なぜ日本人はこれほどまでに竹を愛し、釣竿の素材として重用してきたのでしょうか。その理由は、竹が持つ独特の物理的特性にあります。
竹の繊維は縦方向に強く走っており、曲げに対する復元力、すなわち「粘り」が非常に強いという特徴があります。カーボンロッドが反発力で魚を寄せるのに対し、竹竿はその粘り強い曲がりで魚の引きを吸収し、暴れさせずにいなして浮かせることができます。この「魚を怒らせない」といわれる独特の調子は、細いハリス(釣り糸)を使っても切れにくいという実利的なメリットも生み出します。また、中空構造である竹は、軽量でありながら断面係数が高く、構造力学的にも理にかなった素材なのです。
さらに、竹には吸湿性と放湿性があり、日本の気候風土に適応しています。適切に処理された竹は、数十年、場合によっては百年以上も使用に耐えうる耐久性を持ちます。しかし、生きた植物である以上、乾燥による収縮や、虫害、カビといったリスクも孕んでいます。これらの自然素材ゆえの弱点を克服し、長所を最大限に引き出す技術体系こそが、これからの章で解説する「竹釣竿の作り方」の核心部分となります。
制作に適した竹の種類と採取の時期
竹釣竿に使われる竹には多くの種類があり、対象魚や竿の調子によって使い分けられます。代表的なものとしては、「矢竹(やだけ)」「布袋竹(ほていちく)」「真竹(まだけ)」「淡竹(はちく)」「高野竹(こうやちく・スズ竹)」などが挙げられます。
矢竹は、その名の通りかつて矢の材料として使われていた竹で、節が低く、直進性に優れています。主に竿の「手元」から上の部分(穂持ち、穂先)に使われ、素直な曲がりを見せます。一方、布袋竹は、節がゴツゴツと詰まっており、七福神の布袋様の腹のように膨らんでいることからその名がつきました。この節の詰まりが強烈な粘りと強度を生み出すため、主に竿の「手元(グリップ部分)」や、負荷のかかる部分に使用されます。また、真竹は繊維が太く剛性が高いため、大物用の竿やタモの柄などに適しています。
これらの竹を採取する時期は、極めて重要です。最も適しているのは、竹の成長が止まり、水分や養分が根に下がっている晩秋から冬にかけての時期、具体的には11月から2月頃です。この時期の竹は、水分量が少なく、虫がつきにくいうえに、引き締まって硬化しています。逆に、春から夏にかけての竹は水分と糖分を多く含んでおり、乾燥させるとシワが寄ったり、虫に食われやすかったりするため、竿作りには不向きです。採取した竹は、すぐに使えるわけではありません。枝を払い、汚れを落とした後、最低でも1年から3年、本格的なものでは10年以上も陰干しをして「枯らす」必要があります。この長い乾燥期間を経ることで、竹は安定した素材へと変化するのです。
必要な道具と工具の準備
竹釣竿作りには、特殊な道具がいくつか必要になります。これらはホームセンターで揃うものもあれば、釣具店や専門店でしか手に入らないもの、あるいは自作しなければならないものもあります。
最も象徴的で重要な道具が「七輪(しちりん)」と「ため木」です。七輪は竹に熱を加える「火入れ」の工程で使用します。ガスコンロやヒートガンでも代用は可能ですが、炭火が発する遠赤外線は竹の芯までじっくりと熱を通すことができるため、プロの竿師は必ず炭火を使用します。ため木は、熱して柔らかくなった竹の曲がりを矯正するための道具で、堅い木材に穴や溝を加工して作ります。竹の太さに合わせて数種類のため木を用意する必要があります。
その他に必要な工具としては、竹を切断するための目の細かいノコギリ、節を抜くためのキリや鉄棒、表面を削るための切り出しナイフや各種ヤスリ(紙やすり、棒やすり)、寸法を測るノギスなどが挙げられます。また、竹をつなぐ「継ぎ」の加工には、精密なドリルやリーマー(穴を広げる道具)が不可欠です。さらに、仕上げの工程では、糸を巻くためのボビンホルダーや、漆を塗るための刷毛、漆を乾燥させるための「室(むろ)」と呼ばれる加湿ボックスも必要になります。これらの道具を適切に手入れし、整理整頓しておくことも、精度の高い竿作りには欠かせない要素です。
設計図の作成と竿の調子(アクション)の決定
素材と道具が揃ったら、いきなり竹を切り始めるのではなく、まずは設計図を作成します。どのような魚を釣るのか、竿の全長は何メートルにするのか、何本継ぎにするのか、そしてどのような「調子(アクション)」にするのかを明確にします。
竿の調子は、大きく分けて「先調子」「本調子(胴調子)」に分類されます。先調子は竿の先端部分が曲がりやすく、繊細なアタリを取りやすい反面、クッション性はやや劣ります。本調子は竿全体がきれいな弧を描いて曲がり、魚の引きを竿全体で受け止めることができます。竹竿の真骨頂はこの本調子にあると言われることが多いですが、用途に応じて使い分けます。
設計図を作る際は、手持ちの竹素材の太さや節の位置(節間)を計測し、それを紙に書き出して組み合わせを検討します。これを「切り組み(きりくみ)」と呼びます。竹竿は、元側(手元)から先側(穂先)に向かって徐々に細くなる「テーパー」を描く必要がありますが、天然の竹は必ずしも理想的なテーパーをしているわけではありません。異なる竹を継ぎ合わせることで、理想的なカーブと調子を作り出すパズルのような作業が切り組みです。節の位置が隣り合う竹と重ならないように配置する「節ずらし」などの美学的なルールも考慮しつつ、納得のいく設計図を完成させることが、成功へのロードマップとなります。
本格的な竹釣竿の作り方と工程ごとの詳細なテクニック
設計と準備が整ったらいよいよ実際の制作工程に入ります。竹釣竿作りは、大きく分けて「火入れ・矯正」「切り組み・継ぎ加工」「糸巻き・補強」「漆塗り・仕上げ」の4つのフェーズで構成されます。それぞれの工程には、長年の経験則に基づいた理屈とコツが存在します。ここでは、各工程における具体的な作業手順と、クオリティを高めるための詳細なテクニックについて深掘りしていきます。
火入れと矯め(ため)による竹の矯正
「火入れ」は、竹釣竿作りにおいて最も難易度が高く、かつ重要な工程です。この作業には、竹の油分を抜いて硬化させる目的と、熱可塑性を利用して竹の曲がりを真っ直ぐにする「矯め(ため)」の目的があります。
まず、乾燥させた竹を七輪の炭火にかざし、回転させながら均一に加熱します。すると、竹の表面から油分が滲み出し、同時に竹内部の繊維が軟化します。このタイミングを見極めるのが職人の技であり、加熱が足りなければ曲がりませんし、加熱しすぎれば竹が焦げて強度が落ちてしまいます。適切な温度になった瞬間に、すかさず「ため木」の溝に竹を当て、テコの原理を使って曲がり(癖)を逆方向に矯正します。
天然の竹は一見真っ直ぐに見えても、節の部分で複雑に曲がっていたり、ねじれていたりします。これを「芽」の向きなどを考慮しながら、完全な直線になるまで何度も火入れと矯めを繰り返します。この作業によって竹の繊維は密になり、反発力と耐久性が飛躍的に向上します。特に、節の部分は硬く曲がりにくいため、慎重な作業が求められます。「矯め」が不十分だと、完成後に竿が曲がってしまったり、使っているうちに癖が戻ってしまったりするため、決して妥協できない工程です。プロの竿師は、この火入れ作業だけで数日を費やすことも珍しくありません。
切り組みと継ぎ口の加工技術
竹が真っ直ぐになったら、設計図に基づいて竹を切断し、それらを繋ぎ合わせる「継ぎ」の加工を行います。和竿の継ぎ方には、「並継ぎ(なみつぎ)」「印籠継ぎ(いんろうつぎ)」「逆並継ぎ」などがありますが、最も一般的で強度と美しさを兼ね備えているのが「印籠継ぎ」や、竹の空洞を利用した「並継ぎ」の変形である「矢竹のすげ込み」です。
継ぎ口の加工は、0.1ミリ単位、あるいはそれ以上の精度が求められる精密作業です。メス側(受け口)となる竹の内側をドリルや棒ヤスリで慎重に広げ、オス側(差し込み口)となる竹や芯材(カーボンソリッドや別の竹を削ったもの)を削って調整します。このとき、単に径が合えば良いというわけではありません。継いだ瞬間に空気が抜けるような密閉性と、振ってもガタつかないフィット感、そして力を入れたときにスムーズに抜ける絶妙な「テーパー(勾配)」をつける必要があります。
この調整を「込み(こみ)調整」と呼びます。オス側を一度に削りすぎると元に戻せないため、少し削っては合わせ、少し削っては合わせを何十回、何百回と繰り返します。また、継いだ状態で竿全体を曲げてみて、継ぎ目の部分だけが硬くて曲がらない「死に節」にならないよう、継ぎ芯の材質や長さを調整することも重要です。継ぎ口の強度が不足すると、実釣中に竿が折れる最大の原因となるため、補強のための糸巻き代(しろ)を確保しつつ、機能的かつ美しく仕上げる技術が求められます。
糸巻きと補強のプロセス
継ぎ口の加工が終わったら、その部分が割れないように補強するための「糸巻き」を行います。使用するのは主に極細の絹糸(シルク)です。絹糸は漆との相性が良く、漆を吸うと透明感が出て竹と一体化する特性があります。
巻き始めと巻き終わりが見えないように処理する高度な巻き方が要求されます。継ぎ口部分(口巻き)は、最も負荷がかかる場所であるため、隙間なくきつく巻く必要があります。このとき、単色の糸で巻くだけでなく、異なる色の糸を使って縞模様を作ったり、飾り巻きを施したりすることで、竿のデザイン性が高まります。これが「和竿の顔」とも言える部分です。
リールシートやガイドを取り付ける場合も、この糸巻き工程で行います。ガイドの足が竹の曲がりを阻害しないように配慮しつつ、確実に固定しなければなりません。糸を巻き終えたら、毛羽立ちを抑えるために、アルコールランプやライターの火でさっと炙って毛焼きをします。その後、水で薄めた木工用ボンドや極薄い漆を下塗りして、糸を固定し、次の塗り工程への準備を整えます。糸の巻き目が凸凹していると、仕上がりの塗装面にそのまま響いてしまうため、指の腹や専用のヘラを使って糸を平らにならす作業も忘れずに行います。
漆塗りによる仕上げと乾燥
竹釣竿作りの最終工程にして、最も時間を要するのが「漆塗り」です。漆は単なる塗料ではなく、竹を水分や紫外線から守り、強固な被膜を作る天然のコーティング剤です。また、その独特の艶と深みは、和竿に芸術的な価値を与えます。
塗りには大きく分けて、竹の地肌を生かして薄く漆を擦り込む「拭き漆(ふきうるし)」と、顔料を混ぜた色漆を厚く塗り重ねて研ぎ出す「変わり塗り」があります。初心者の場合は、カシュー系塗料(合成樹脂塗料)を使うこともありますが、本格的な和竿を目指すなら本漆の使用が推奨されます。
漆塗りの基本は「薄く塗って、しっかり乾かす」の繰り返しです。一度に厚く塗ると表面だけが乾いて中が乾かない「縮み」が起きてしまいます。漆は空気中の水分を取り込んで硬化するため、湿度70%~80%、温度20℃~25℃程度に管理された「室(むろ)」と呼ばれる箱に入れて乾燥させます。塗っては乾かし、水研ぎペーパーで平滑に研ぎ、また塗る。このサイクルを十数回、高級な竿では数十回繰り返します。
仕上げには、コンパウンドや専用の磨き粉を使って鏡面のように磨き上げます。継ぎ口の内側にも薄く漆を塗ることで、防水性を高めると同時に、継ぎの滑りを良くします。完成したばかりの漆はまだ硬化が進んでいる途中であるため、実際に釣りで使用するには、塗り終わってからさらに数ヶ月寝かせるのが理想的です。こうして長い月日と手間をかけて完成した竹釣竿は、まさに作り手の魂が宿った分身となるのです。
竹釣竿の作り方をマスターして世界に一本の竿を持つ喜び
竹釣竿作りは、自然との対話であり、自分自身との対話でもあります。一本の竹が、火と刃物と漆によって美しい道具へと姿を変えていく過程は、言葉にできない充実感をもたらしてくれます。そして、その竿を使って魚をかけた瞬間、手元に伝わる独特の生体反応は、カーボンロッドでは味わえない感動を与えてくれるはずです。
確かに、竹釣竿の制作には多くの時間と根気、そして繊細な技術が必要です。失敗することもあるでしょうし、思うような調子が出ないこともあるでしょう。しかし、その試行錯誤こそがものづくりの醍醐味であり、次の作品への糧となります。自分で作った竿で釣った一匹の魚は、大きさに関わらず、一生の記憶に残る宝物となるでしょう。
近年では、インターネットを通じて材料や道具が入手しやすくなり、動画サイトなどでプロの技を見ることもできるようになりました。和竿作りのハードルは、以前よりも格段に下がっています。まずは身近なターゲットを狙うシンプルな竿から始めてみてはいかがでしょうか。そこには、効率化された現代社会が忘れてしまった、豊かで贅沢な時間が流れています。
竹釣竿の作り方と和竿文化についてのまとめ
今回は竹釣竿の作り方と和竿文化についてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・竹釣竿はカーボンにはない独特の粘りと反発力を持ち魚を怒らせずに浮かせることができる
・制作に適した竹には矢竹や布袋竹などがあり晩秋から冬に採取して数年間乾燥させたものを使用する
・火入れは竹の油分を抜き繊維を硬化させると同時に曲がりを矯正する最も重要な工程である
・炭火による遠赤外線加熱とため木を用いた矯正技術が竹のポテンシャルを最大限に引き出す
・設計図の作成にあたっては竿の全長や継ぎ数だけでなく対象魚に合わせた調子を決定する
・切り組みは天然素材である竹の個性をパズルのように組み合わせる美的センスと論理的思考が必要である
・継ぎ口の加工は0.01mm単位の精度が求められ印籠継ぎや並継ぎなどの技法を駆使して調整する
・込み調整を慎重に行うことで継いだ際の密閉性とスムーズな脱着および美しいベンディングカーブを実現する
・糸巻き工程では極細の絹糸を使用し継ぎ口の補強とともに装飾的な美しさを付加する
・漆塗りは竹を保護し耐久性を高める役割を果たし室での湿度管理による化学変化で硬化させる
・拭き漆や変わり塗りなど多層的な塗装と研ぎ出しを繰り返すことで深みのある艶と質感が生まれる
・完成後も漆の硬化は続くため数ヶ月寝かせることでより強固で安定した竿に仕上がる
・自作の竹釣竿はメンテナンスを行うことで数十年以上にわたり使用可能な一生の道具となる
・和竿作りは日本の伝統工芸の粋を集めた文化であり効率性とは対極にある精神的な豊かさを提供する
竹釣竿作りは、単なる趣味の枠を超えた、生涯をかけて追求できる奥深い世界です。
自らの手で生み出した竿が描く美しい弧と、その先に輝く魚体を見る瞬間は、何物にも代えがたい喜びとなるでしょう。
ぜひ、この世界に足を踏み入れ、あなただけの名竿を作り上げてください。

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